收藏

プラダ財布メンズ2012編集

(ハービー&ハドソン) Harvie&Hudson 牛革ブライドルレザー 長財布 ラウンドファスナー 【COLUMBUS(コロンブス) エチケット綿テレンプ セット】
__16,20000
(ハービー&ハドソン) Harvie&Hudson 牛革ブライドルレザー 長財布 ラウンドファスナー 【COLUMBUS(コロンブス) エチケット綿テレンプ セット】 
GUCCI(グッチ) 203551-AA61G-9022 6連キーケース グッチシマレザー
__29,16000
GUCCI(グッチ) 203551-AA61G-9022 6連キーケース グッチシマレザー 
GUCCI(グッチ) 181896-FTOGG-9774 グッチWホック財布 GGキャンバス(コーティング加工)/カーフ ベージュ/ゴールド
__80,85000
GUCCI(グッチ) 181896-FTOGG-9774 グッチWホック財布 GGキャンバス(コーティング加工)/カーフ ベージュ/ゴールド 
(ハービー&ハドソン) Harvie&Hudson 牛革ブライドルレザー 長財布 センターベルト 【COLUMBUS(コロンブス) エチケット綿テレンプ セット】
__16,20000
(ハービー&ハドソン) Harvie&Hudson 牛革ブライドルレザー 長財布 センターベルト 【COLUMBUS(コロンブス) エチケット綿テレンプ セット】 
GUCCI(グッチ) 181896-FAFXG-9761 グッチWホック財布 GGキャンバス(コーティング加工)/カーフ ベージュ/ホワイト
__80,85000
GUCCI(グッチ) 181896-FAFXG-9761 グッチWホック財布 GGキャンバス(コーティング加工)/カーフ ベージュ/ホワイト 
(ティファニー) TIFFANY&Co. ティファニー 時計 メンズ TIFFANY&Co. Z1800.11.10A10A00A ATLAS DOME アトラス ドーム 腕時計 ウォッチ シルバー/ブラック[並行輸入品...
__155,55000
(ティファニー) TIFFANY&Co. ティファニー 時計 メンズ TIFFANY&Co. Z1800.11.10A10A00A ATLAS DOME アトラス ドーム 腕時計 ウォッチ シルバー/ブラック[並行輸入品... 
 一九三九年八月二十六日、イール・ド・フランス号は、ル・アーヴル港の波止場《はとば》に横づけになった。おも苦しい顔をしたサン・テグジュペリは、物一つ言わずにいる旅客の群にまじって、パリに帰って行った。すると一週間後には、戦争がはじまった。九月四日、軍当局の命令で、サン・テグジュペリ航空大尉は、ツールーズの飛行隊に復帰した。  ツールーズといえば、サン・テグジュペリが、十三年前、そこの機械工場で働いたあと、モロッコのカサブランカとの郵便物飛行を確保したところだった。その後、なん度ともなく機を乗り入れたことがありはしても、何かと様子が変っていた。危かったこと、友達づき合いのこと、苦しかったこと、嬉しかったこと、気がかりだったことが、十三年もの間、それからそれへと積みかさなっただけに、人間として熟したことは、言うまでもない。彼は機械工場で働いていた頃とちがって、もはや灰色の寒い朝、旅行鞄の上に腰をおろして、がたがたと転がってくるバスを待っている青年ではなくなっていた。だから十三年前、新しい生活にがむしゃらに入り込んだ自分を、なんと痛切に感じたことだろう。これという懸念《けねん》はなくても、おもおもしい気もちで入り込んだものだった。思い返すと、いずれ航空の指導員にもなるだろう、ブレゲー機の操縦席に腰をおろすことにもなるだろうと期待していた。  ところがその場になってみると、当分じっとして待っておれというのである。いったい何を待つのか。まさか戦争の終るのを待てというのではあるまい。頼みにしている人たちは、彼の求めている援助をあたえるどころか、むしろ反対の手を打ちそうである。今は劇作家として有名なジャン・ジロドゥーはといえば、情報委員の任に服しているのを根拠にして、パイロットの彼を、その方面の仕事にあたらせようとする。あたら知性の人が、予備役同様の取りあつかいをうけるのである。だからジャムの壺が、宣伝の棚に乗っけられたのも同じで、戦争が終れば、パンの副食物になるのが必定《ひつじよう》ではないか。レオン・ウェルトは、もしそんなことになったら、転職命令書を引き裂くのがサン・テグジュペリだとも思ったし、「犬死になんかしてどうなるのだ!」ともじかに言った。するとサン・テグジュペリは、「そんなことしたら、友人のきみに失礼だ」とあっさり答えた。しかし突きつめて言えば、そんなことで、大切な旧友と議論したくないのが、彼の本心だったらしい。  悶々の日が続く。憂さ晴らしの手紙があちこちに出された。 「なんとでもして、戦闘部隊の一員でありたい。ぼくは日ましに息苦しくなる。この国のこの空気では、呼吸のしようがない。いったいぼくたちは、何を待っているのか。戦争をしなければ、ぼくはたしかに、精神的に病人だ。きのうきょうの国情について、言うことが山のようだ。でも、戦闘員としてなら言えることだが、旅行者としては、何も言えない。物を言うには、今が唯一のチャンスだ。ね、そうだろう」 「……ここではぼくを、航空ばかりでなく、大量爆撃操縦の助言者にしたがっている。だからぼくは息苦しいのだ。不幸なのだ。黙っているよりほか、どうにもしようがないのだ。ぼくを戦闘部隊の一員として出発させてくれ。きみがよく知っている通り、ぼくは戦争がすきじゃない。だからといって、銃後にじっとしてはいられぬ。危機に処するぼくのもち前をやり遂げぬわけにはいかぬ。なんとしても戦わねばならぬ。だが、まったく危険を避けて、ツールーズの上空を悠々と飛んでいる限り、そんなことを口にする権利はない。そんなことをしたら、それこそ唾棄《だき》すべき役目だろう。ぼくには当然の苦労をさせて、いろいろな権利をもたせてくれ。世間の�ねうちをもった人たち�が、安全な場所に置かねばならぬなどと主張するところには、知識人の胸がむかつくほど大きな過《あやま》ちがある。人は進んで事にあたってこそ、効果のある役目をはたすのである。�ねうちをもった人�たちが、もし土の塩だったら、その時こそ、土とまじるべきだ。ばらばらになっていて、�われわれ�などと言うわけに行かぬ。ばらばらになって、�われわれ�などと言う人がいたら、その人こそ卑怯者だ!」 「ぼくの愛するものは、みな脅《おびや》かされている。プロヴァンス州では、森林が燃えあがるとき、卑怯でない人はみな、バケツと鶴嘴《つるはし》を手に取るのである。ぼくは愛情と信仰をもって戦いたいのである。事にあたらずにはいられないのである。寸時もはやく戦闘部隊の一員として出発させてもらいたいのだ」  とはいっても、サン・テグジュペリの熱意は、年すでに四十に達して、いつとはなしに�蔭の一線�を感じだした健康の遮《さえぎ》るところとなった。そこへ大佐ド・ヴィトロルの干渉が顔を出して、戦列パイロットとしてではなしに、偵察パイロットとして、ツールーズからシャンパーニュ州のオルコントに移動した2/33大隊に加わることになった。  サン・テグジュペリがオルコントに着いたときは、一九三九年の十一月はじめで、村いっぱいのプラタナスの木が、秋の夜のひやりとした空気に包まれて、あたりの路や畑に、黄ばんだ葉をはらはらとちらしていた。村のうしろには、平たくてひろびろした原があって、航空機の離陸を都合よくしていた。そこに近寄って、機関銃をそなえた機体や、航空服を着た丈高の搭乗員を見るだけでも、サン・テグジュペリは、新しい生活の波が、どっと全身に流れ込むのを感じた。ほがらかなよろこびが、思うさま襲い寄ったのである。彼は仲間になろうとしている人たちと握手を交わす。すると相手もまた、彼と日々をおくることを誇りにしている。それにそういう相手は、まさしく軍人である。それに、これまで何かにつけて非難してきた軍人につきものだった欠点などは、もっていないのである。それどころか、大空を縦横に飛びまわった人でなくてはもっていないものをもっているのである。航空の愛をもっているのである。彼のもっているのと同じ理想をもっているのである。定期航空の仕事を営んでいたあいだ、人間の�芯�と呼んで、あだ疎《おろそ》かにしなかったものが、ありがたいことに、新しい戦争仲間の行動のうちに再び見いだされたのである。  感激したあまり、彼はオルコントから、ある友達に宛てて手紙を書いた—— 「仲間というものは、なかなかむずかしい問題をもち出す。第一には質についての問題だ。物事の品さだめをすることのできる方法はたくさんある。……人は一生涯、タンゴのすきな連中よりも、バッハのすきな連中を好んだものだった。ところで、今ぼくがいっしょに生活し、いっしょに戦っている仲間たちは、ぼくと同じ理由で戦ってはいない。文明を救うために戦ってはいない。と言うよりはむしろ、文明とはなんであるか、何を中身にしているかを、見直さなければならないのではないか」  遠まわしに書いてはいても、サン・テグジュペリが周囲に求めたのは、文明の�芯�をつかんで生きている人だった。�芯�のない人間は、サン・テグジュペリにとって、凡庸な人間と言うも同じだった。�芯�のなさは、凡庸に繋がり、無秩序に繋がり、不統一に繋がる。そんなあやふやな世界に、文明などという立派なものの成り立ちようがない。人は何かというと、�平和�を口にして、戦争を呪う。しかし、戦争も�芯�のある戦争だったら、そこからは案外、事なかれ主義とは相容れないほんとうの平和が生まれるのではないか。それにつけても、何よりおそろしいのは、人間接触の欠如だ。精神生活の沈滞《ちんたい》だ。  そんなふうに事を考えてきた彼には、意外に落ち着きがあった。偵察から帰ってくると、将校集会所に仲間と集まって、雑談を交わしたり、トランプ遊びをしたりするのが、ひどく楽しかった。時には、偵察に出て行った仲間の帰りがおそいので、心配しながらそれを待っていること自体に、共同体のよさがしぜん感じられた。そしてそこにも、生活の捨てがたい味があった。だからこそ夕方になると、いそいそと自分の部屋に帰って行ったのである。そしてオルコントに着くなり落ち着いたのは、農家の質素な部屋だった。  家は教会堂前の広場にのぞんでいた。大きな戸を押すと、かなりひろいポーチになっていて、家のおやじは、いい季節にはそこで家族といっしょに食事をする。右手に料理場、左手にサン・テグジュペリの部屋があった。  はじめの日には、お内儀《かみ》が影が戸をあけて、借主を部屋に案内した。サン・テグジュペリは、部屋をぐるりと見まわしたあと、ベッドをたたいて、その上に手提鞄を置いてひらいた。それからお内儀のほうに向き直ると、お内儀は相手の目つきを見ておどろいたらしい顔をした。  ——これっきりですがね、つかっていただくのは。
表示ラベル: